後ろ拝みについて

徒然

Twitterでご縁を頂いた九州の尼僧さんが比叡山行院を遂業(ついごう)されました。おめでとうございますと御祝辞をリプさせて頂きました。

行学万二師の為に御宝前にお供えする杯

私は在家時代からご縁頂いて行に入られる行者さんの杯一杯の水ですが御宝前に陰膳を据えて無事をお祈りしてます。3月から身延山に修行に入られている日蓮宗の行学万二師と9月から行院に入られた御上人の陰膳を毎日お供えして拝み続けました。

この後ろ拝みには

①修行者の無事を祈ること

②修行が出来ない自分の代わりに修行をされている行者さんへの応援の気持ち

があります。

後ろ拝みに価値があるの?と、思う方もいるかと思いますが…私は後ろ拝みに助けられて比叡山の修行をさせて頂きました。あまり修行中の話はするなと言われてますが…

所長と付き合いが長い方はご存じですが…所長は中学校の二学期までしか義務教育受けてません。中三まで不登校、18歳まで国の定義で言う準引きこもりでした。

比叡山行院は中学校一年生以来の集団生活でした。色々つまずいたりしました。

帰る訳に行きませんから、泣きながらドベの方でかじりついてました。後ろ拝みは杖みたいな物で逃げちゃ駄目だ、しっかりしなきゃと言う原動力だったと思います。

先生方が上から手をさしのべて下さるように、後ろ拝みはお尻を持ち上げてくださるように今なら思います。

四度加行の終わりの方で夢の中で私が蜘蛛の糸に簀巻きにされてる姿を見ました。糸の先を辿るとある聖天行者様は聖天様に、不動行者の方は御不動様に、他にも神道の先生は祭神様から糸が幾重に絡み合い私を簀巻きにしてました。こりゃ逃げられないなと思った次第です。夢ですから話し半分、眉に唾をつけてお読みください。

法華経の本門八品(ほんもんはっぽん)と呼ばれる日蓮大聖人が特に重要と御書で言及されている十五品から二十二品の中の合計八品(章)があります。

序品から数えて二十番目の御経に「常不軽菩薩品」と言う章です。

御釈迦様の前世の常不軽菩薩と言う菩薩様はどなたにも将来仏になられる方ですと拝まれていたと言う教えです。比叡山の回峰行は比叡山修験道開祖建立大師相応和尚様が常不軽菩薩され但行礼拝から始められた言われています。

御経を唱えておられる方でしたら今更と思うかもしれませんが…最後に回向文をお唱えいたします。

「願わくは、この功徳を以って 普く一切に及ぼし 我等と衆生と 皆共に仏道を成ぜん」

後ろ拝みを受けている行者も当たり前ですが一切衆生に回向をいたします。後ろで拝んでいただいた方の功徳をまた回向してお返しすると言うといい表現とは思えないのですがお互いに功徳を回し続ける事になると私は解釈しております

後ろ拝みはして頂く事は修行僧の支えになりますし、功徳もつめますのでご縁がある行者への後ろ拝みをされてはいかがでしょうか

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