國府田マリ子大姉が、赤鼻身代わり地蔵三尊に込めた私の祈りのお話を読んでくださいました。
宗教ネタなので、レインボービームの後にたまにやるレインボービールで読んでくれたらいいなぁと……
そしたらですねぇ……マリ姉に読んでいただけました……
マリ姉に報告するまでは、このお地蔵様に込めた思いについて言いたいけれど言えませんでした。
マリ姉に送った報告メールは、だいぶ端折っておりますので、改めて赤鼻身代わり地蔵三尊を発願した理由と、そこに込めた祈りを書いておきたいと思います。
赤鼻身代わり地蔵三尊を発願した理由
私は小学校、中学校と不登校を経験し、そのまま五年ほど、国の定義でいう準引きこもりになりました。
中学時代の記憶は長い間封印していたのですが、平成六年、私と同い年の面識もない中学生が自死したことを、不登校で家にいた時にテレビで知りました。
その中学生のために祈ったことが、今のいじめ自死者供養の始まりです。
十年ほど前、天台宗の僧侶が必要な修行を行う比叡山行院(ひえいざんぎょういん)で、所定の修行を終えたのを機に、僧侶としていじめ自死者の供養を始めようと思いました。
九月一日前後は自死する児童生徒が増えるといわれておりますが、実際にはそれ以外の長期休暇明けなどにも起きていますので、現在は毎月一日に「いじめ自死指導死並不慮事故等幼児童生徒供養」を修しております。
生きている方への不登校、引きこもり支援については、医療や心理、福祉など、それぞれの専門家がいらっしゃいます。
私自身は、不登校からそのまま引きこもりに移行した人間です。
不登校について相談されても、
「こうすれば学校に戻れます」
などというアドバイスはできません。
では、僧侶になった自分に何ができるのかと考えた末にたどり着いたのが、亡くなられた方の供養でした。
自死された方は、その時は報道されても、やがて忘れられてしまうことがあります。
死後の世界がどうなっているのか、正直なところ私には分かりません。
科学的な根拠もありません。
それでも、悲しみや怒り、怨みを抱えたまま亡くなった魂があるのなら、その御霊を慰め、鎮める祈りは必要だと思っています。
私の不登校、引きこもり支援の専門は、死後の供養なのだと思っております。
いじめによって命を絶った子どもたちの魂が、もし今も苦しみながらその場所にとどまっているのであれば、お地蔵様の方から出向いていただき、手を差し伸べて慰めていただきたいのです。
そのような祈りから、お地蔵様を造立したいと思うようになりました。
欲が深いので、いじめによって亡くなった子どもたちだけではありません。
この世に生まれてくることができなかった子ども、虐待や事故などで亡くなった子どもたちにも手を差し伸べていただきたい。
さらに、今を生きながら苦しんでいる私たちの心にも寄り添い、その苦悩を受け止めてくださるお地蔵様であってほしいと願いました。
生きている人にも、亡くなった人にも手を差し伸べてくださる身代わり地蔵尊にしたいと考えました。
そのお姿は、中央の地蔵菩薩の左右に、掌善童子(しょうぜんどうじ)と掌悪童子(しょうあくどうじ)が寄り添う地蔵三尊です。
私自身、引きこもっていた時は、誰かに助けてほしいと思いながらも心が頑なになり、自分から外へ出ることができませんでした。
助けを求めたいのに声を上げられない。
差し伸べられた手があっても、自分からその手をつかむことができない。
そのような状態のまま命を絶ち、魂が今もその場所から動けずにいるのなら、お地蔵様に慰めていただくだけではなく、不動尊のお力で導いていただきたいのです。
そして、今いじめや人間関係などで苦しみながら、それでも生きている人を支える力にもなっていただきたいと思いました。
『延命地蔵菩薩経(えんめいじぞうぼさつきょう)』の最後の方には、掌善童子と掌悪童子について、
「時に二童子あり、左右に侍立す。一を掌善と名づけ、左にありて白色、白蓮華を持ち、法性を調御す。一を掌悪と名づけ、右にありて赤色、金剛杵を持ち、無明を降伏す」
と説かれております。
左側の掌善童子は白蓮華を持ち、右側の掌悪童子は金剛杵を持って無明を降伏するお姿です。
さらに、
「延命菩薩、中心不動、阿字本体」
と説かれております。
私はこの経文を、地蔵菩薩と不動尊を重ねて受け取る根拠としております。
慈悲をもって寄り添うだけではなく、頑なになって動くことのできない人や、悲しみや怨みを抱えたまま動けずにいる魂を、不動尊の力で導いていただき、少しでも善い方へ向かってほしい。
その祈りから、地蔵菩薩の左右に掌善童子と掌悪童子が寄り添う地蔵三尊のお姿にしました。
そして、お地蔵様の赤い鼻は、クラウン、いわゆる道化師の赤い鼻です。
日本では道化師というとピエロの方が通じやすいと思いますが、ピエロはクラウンの一分野で、目の下に涙を描きます。
番組の中では、マリ姉が私のことをピエロだと思っておられたようです。
ただ、厳密に申しますと、私はピエロではありません。
私はよくしゃべります。
私が学んだクラウンの世界では、ピエロは言葉を使わず、表情や身振りによって、早い話がパントマイムで思いを伝える道化師です。
でも私は法話もしますし、余計なことまでしゃべります。
ですので、私はピエロではなく、言葉によって人に寄り添い、笑っていただく「ことばのクラウン」なのです。向こうさんから見たら黒歴史かもしれませんが、一応数年ですが二代目はせみつこの名跡をお預かりしてましたので…
ピエロの目の下に描かれた涙には、
「もうあなたは泣かなくていい。その苦しみは僕が背負うから、僕の道化を見て笑ってほしい」
という意味が込められています。
私はクラウンを学び、赤い鼻を付けて人前に立ってきました。
その赤い鼻を、苦しんでいる人の心の安寧を願うお地蔵様にも付けていただきたいと思いました。
赤鼻身代わり地蔵三尊の赤い鼻は、単に変わった仏像を造りたかったから付けたものではありません。
泣いている人の苦しみを受け止め、少しでも笑ってほしい。
そして、自分から助けを求めることができない人や、悲しみを抱えたまま亡くなった魂のもとへ、お地蔵様の方から出向き、手を差し伸べていただきたいのです。
その祈りを形にしたものが、赤鼻身代わり地蔵三尊です。
國府田マリ子大姉からいただいた施無畏
私が國府田マリ子さん、マリ姉を知ったのは、十三歳の冬です。
不登校になる前後に、偶然「ツインビーPARADISE」というラジオ番組を聴きました。
学校にも行けず、そのまま引きこもりになった私にとって、マリ姉の声や歌は、生きる希望でした。
自分には青春なんてなかったと思っていました。
しかし、三十年ほどたって初めてマリ姉のライブに参加し、昔から聴いてきた歌を生で聴いた時、私の青春はマリ姉の歌と一緒に、ちゃんと存在していたのだと気が付きました。
仏教には、お金や物を施す「財施」、教えを施す「法施」、そして人の恐れや不安を取り除く「施無畏」という布施があります。
私にとってマリ姉は、三十年以上にわたって、生きる希望という施無畏を与え続けてくださった大檀那です。
東京タワーライブでの再発心
二〇二三年二月、ファン歴三十年目にして、初めてマリ姉のライブに参加しました。
そのライブの最中、マリ姉が咽喉を負傷されました。
それでも歌おうとする姿を見て、私は、
「自分は何のために僧侶になったのだろう」
と、改めて考えることになりました。
当時の私は、いろいろな事情が重なり、僧侶としても宙ぶらりんの状態でした。
しかし、マリ姉のひたむきな姿を見て思いました。
十三歳の自分は、マリ姉から受けた恩に報いるために、まず引きこもりから出ようと思って生きてきたのではなかったか。
その十代の自分に、今の自分は胸を張れるのか。
そんなことを考え、僧侶として生き直そうと再発心しました。
その翌月に行われた『世界はまだ君を知らない』のレコ発ライブでは、感応悪く言えば幻覚ですが…
マリ姉から発せられるオーラに包まれていました。この時にマリ姉の世界はまだ君を知らないから私が受け取った感じは閉じ込めていた心の膿を、マリ姉の歌によって洗い流され始めたという感覚でした。
とりわけ、『世界はまだ君を知らない』の二番が、私の心に強く響きました。
二番の、
「がむしゃらじゃなくていい 今のやり方がある」
から始まる一節です。
がむしゃらじゃなくていい 今のやり方がある
君はもう大丈夫 誰とも違うんだから
学校にも行かず、不登校となりそのまま引きこもり…、世間の決めた道から外れてしまったように感じながら生きてきた私には、ドロップアウトした自分の人生を、どこか後ろめたく思う気持ちがありました。
14歳の冬に某大学病院で受けた心理テストの結果で「生きている価値が無い」と言われた自分の後ろめたさ…
がむしゃらに前へ進むことができなかった自分。
立ち止まり、遠回りをして、荒波にもまれて表の道というより裏道ばかり歩いてきた自分…
そのような自分の歩みも否定しなくてよいのだと、この歌を聴いて思うことができました。
学校へ行けなかった自分も、引きこもっていた自分も、現在へと続く私自身の人生だったのです。
世間の決めた道から外れたとしても、それで人生が終わったわけではない。
道化として生きるのも大切だと思いました。
『世界はまだ君を知らない』というミニアルバムは、ドロップアウトしたまま生きていることが苦しかった私を、そのまま肯定してくれた一筋の光です。
なので私は、マリ姉の歌が私にしてくれたように、苦しんでいる人の心に寄り添う地蔵三尊の像を造りたいと思いました。
造仏をお願いしたのは、地元の仏師である中村恒克(なかむら・つねよし)先生です。
中村先生から出された条件の一つが、
「どのような魂を込めたお地蔵様にしたいですか?」
というものでした。
そこで二〇二三年四月、中村先生に『世界はまだ君を知らない』のCDをお渡しして、
「このミニアルバムを聴きながら、木の中から出てきたお地蔵様を彫ってください」
と無茶振りをしました。
仏師さんにCDを渡して、これを聴きながら仏像を彫ってくれという坊主も、そう多くはいないと思います……
多分。
しかし中村先生は、その無茶振りを受け止めてくださいました。
そして木の中からお出ましになったのが、赤鼻身代わり地蔵三尊です。

中央のお地蔵様は、ただ真っすぐに立っておられるのではありません。
少し前かがみになり、右手をこちらへ差し伸べるお姿に彫られています。
これは、苦しんでいる人が自分からお地蔵様のもとへ来るのを待つのではなく、お地蔵様の方から迎えに来てくださる来迎型(らいごうがた)です。
助けてほしくても、自分から「助けてください」と言えない人がいます。
心が頑なになり、その場所から一歩も動けない人もいます。
私自身が、そうでした。
また、悲しみや怨みを抱えたまま亡くなり、その場所から動けずにいる魂があるのなら、お地蔵様に待っていただくのではなく、お地蔵様の方からその場所へ迎えに行っていただき、
「大丈夫です。私が迎えに来ましたよ」
と手を差し伸べていただきたいのです。
その祈りを、中村先生が、前かがみになったお地蔵様のお姿として彫り出してくださいました。
仏師さんが撮影した正面の写真では、前かがみになっていることが少し分かりにくいのですが、実物を斜めから拝すると、お地蔵様がこちらへ身を乗り出していることが分かります。

赤鼻身代わり地蔵三尊は、苦しんでいる人が訪ねて来るのを待つだけのお地蔵様ではありません。
自分から助けを求めることができない人や、行き場を失った魂のもとへ、お地蔵様の方から迎えに行き、手を差し伸べていただくための地蔵三尊です。
マリ姉にご報告できました
赤鼻身代わり地蔵三尊は、中村先生の手によって無事に完成し、すでに横浜出張所へ納められています。
開眼供養はこれから、お山の先生にお願いする予定です。
正式にブログで詳しく紹介する前に、まずは、このお地蔵様の魂ともいうべき『世界はまだ君を知らない』を生み出したマリ姉へご報告したい。
そう思って、「國府田マリ子のレインボービーム」へメールを送りました。
内容が内容ですので、読まれなくても仕方がないと思っていました。
それが二〇二六年七月十七日の放送で、マリ姉に読んでいただくことができました。
十三歳の冬、不登校児だった私に一筋の光をくださったマリ姉へ、三十年以上たって、ようやく一つの形としてご報告できました。
私がマリ姉からいただいた生きる力を、今度は赤鼻身代わり地蔵三尊の御宝前での供養と祈りを通して、助けを求めることさえできない方々へ回向してまいります。
マリ姉の名曲『Horizon』になぞらえるなら、この功徳を大切にして、時を重ねていきたいと思います。
赤鼻身代わり地蔵三尊の厨子勧進について
赤鼻身代わり地蔵三尊は、現在、福智山香仙院横浜出張所に納められております。
開眼供養はこれから、お山の先生にお願いする予定です。
今後、この地蔵三尊を末永く大切にお祀りし、お守りしていくため、専用の厨子を調えたいと考えております。
つきましては、赤鼻身代わり地蔵三尊の趣旨にご賛同くださる方から、厨子造立のための浄財をお預かりする「厨子勧進」を行うことにいたしました。
お寄せいただいた浄財は、厨子の製作費及びこれに伴う費用に充てさせていただきます。
厨子が完成しましたら、あらためて当ブログにてご報告申し上げます。
勧進の詳しい方法につきましては、あらためてご案内いたします。
お盆・地蔵盆のご供養について

七月十三日から十六日までの七月度盂蘭盆会供養は、無事に結願いたしました。
引き続き、七月二十四日の地蔵盆、八月の月遅れ旧盆、八月二十四日の月遅れ旧地蔵盆まで、ご供養を受け付けております。
菩提寺がなく、ご供養を希望される方は、下記よりお申し込みください。
令和八年度お盆読み上げ回向 一霊位五百円
令和八年度盆経木塔婆供養 一霊千円
経木塔婆は、八月二十四日の月遅れ旧地蔵盆まで御宝前に安置し、読経いたします。

